神さまがくださるしあわせは大きい ― 2017年03月19日
さて、モーセは、彼のしゅうとミデヤン人レウエルの子ホバブに言った。「私たちは、主があなたがたに与えると言われた場所へ出発するところです。私たちといっしょに行きましょう。私たちはあなたをしあわせにします。主がイスラエルにしあわせを約束しておられるからです。」
彼はモーセに答えた。「私は行きません。私の生まれ故郷に帰ります。」
そこでモーセは言った。「どうか私たちを見捨てないでください。あなたは、私たちが荒野のどこで宿営したらよいかご存じであり、私たちにとって目なのですから。私たちといっしょに行ってくだされば、主が私たちに下さるしあわせを、あなたにもおわかちしたいのです。」 民数記10章29~32節
「ミデヤン人レウエル」この人を覚えているでしょうか。モーセが40歳の時、エジプトにおいて個人的な思いで始めた同胞イスラエル人救済の取り組みに失敗し、ミデヤンの地に逃れた時に出会った家族の長がレウエルでした(出エジプト記2章)。そしてモーセは、そのレウエルの娘と結婚し、子どもが与えられます。その後40年間、モーセはミデヤンの地でレウエル家族と一緒に住み、その地域を知るわけですが、その地とは、まさに出エジプトで旅をする地域でした。
しかし40年間、住み慣れた地域でも、モーセはレウエルの子ホバブに「どうか私たちを見捨てないでください。あなたは、私たちが荒野のどこで宿営したらよいかご存じであり、私たちにとって目なのですから」と助けを求めています。それと同時に、お世話になったレウエル家族に「主が私たちに下さるしあわせを、あなたにもおわかちしたいのです」と、神さまからのしあわせを受けてもらいたいとの思いも見うけられます。
「主が私たちに下さるしあわせ」は、小さなものではありません。イエスさまもこのように言われています。「わたしの弟子だというので、この小さい者たちのひとりに、水一杯でも飲ませるなら、まことに、あなたがたに告げます。その人は決して報いに漏れることはありません」(マタイ10章42節)。
クリスチャンであるあなたと共に歩む家族のひとりひとりの上にも、神さまからのしあわせ(恵み)と報いがあることを信じて今週も歩みましょう。(吉持日輪生)
彼はモーセに答えた。「私は行きません。私の生まれ故郷に帰ります。」
そこでモーセは言った。「どうか私たちを見捨てないでください。あなたは、私たちが荒野のどこで宿営したらよいかご存じであり、私たちにとって目なのですから。私たちといっしょに行ってくだされば、主が私たちに下さるしあわせを、あなたにもおわかちしたいのです。」 民数記10章29~32節
「ミデヤン人レウエル」この人を覚えているでしょうか。モーセが40歳の時、エジプトにおいて個人的な思いで始めた同胞イスラエル人救済の取り組みに失敗し、ミデヤンの地に逃れた時に出会った家族の長がレウエルでした(出エジプト記2章)。そしてモーセは、そのレウエルの娘と結婚し、子どもが与えられます。その後40年間、モーセはミデヤンの地でレウエル家族と一緒に住み、その地域を知るわけですが、その地とは、まさに出エジプトで旅をする地域でした。
しかし40年間、住み慣れた地域でも、モーセはレウエルの子ホバブに「どうか私たちを見捨てないでください。あなたは、私たちが荒野のどこで宿営したらよいかご存じであり、私たちにとって目なのですから」と助けを求めています。それと同時に、お世話になったレウエル家族に「主が私たちに下さるしあわせを、あなたにもおわかちしたいのです」と、神さまからのしあわせを受けてもらいたいとの思いも見うけられます。
「主が私たちに下さるしあわせ」は、小さなものではありません。イエスさまもこのように言われています。「わたしの弟子だというので、この小さい者たちのひとりに、水一杯でも飲ませるなら、まことに、あなたがたに告げます。その人は決して報いに漏れることはありません」(マタイ10章42節)。
クリスチャンであるあなたと共に歩む家族のひとりひとりの上にも、神さまからのしあわせ(恵み)と報いがあることを信じて今週も歩みましょう。(吉持日輪生)
おきては一つ ― 2017年03月12日
もし、あなたがたのところに異国人が在留していて、主に過越のいけにえをささげようとするなら、過越のいけにえのおきてと、その定めとに従ってささげなければならない。在留異国人にも、この国に生まれた者にも、あなたがたには、おきては一つである。
民数記9章14節
民数記9章は、1節に「エジプトの国を出て第二年目の第一月」とあり、強国エジプトから、また奴隷状態から解放されて1年が経ち、2年目に入る時のことが記されています。そしてイスラエルの人たちは、1年前に神さまから命じられた通り、出エジプトの出来事を思い返しつつ「過越のいけにえ」を献げるのですが、その中で問題が生じます。そのことが6節に記されています。6節「人の死体によって身を汚し、その日に過越のいけにえをささげることができなかった人々」への対応問題です。それに関して、神さまはモーセを通して、1ヶ月後に献げれば良いとの答えを出され、この問題は解決しますが、それに付随して「在留異国人」と「在留異国人の子どもたち」の「過越のいけにえ」について14節以降触れられていきます。それに関しては、上記にある通りイスラエル人であろうと、異邦人であろうと「おきては一つ」と力強く神さまが答えておられます。
さて「出エジプト」の出来事は、イエス・キリストの十字架以降の信仰者にとっては、イエスさまの十字架による救いの「型(モデル)」として捉えることができます。つまり強国のような「罪の支配」、「罪の奴隷」から、イエスさまによって救い出されたことと重なるということです。そうするとこの「過越のいけにえ」は、私たちにとっての「聖餐」と重なることになるでしょう。
「おきては一つ」とあるように、イスラエル人が「過越のいけにえ」を大切にしていたように、私たちも「聖餐」を大切にし、また「聖餐」に与りながら、自らが「罪の支配」「罪の奴隷」からイエスさまによって解放されたことを喜ぶ時としましょう。また私たちも、出エジプトの出来事を思い返し、神さまの力強さ、そして必ず「約束の地(御国)」へと導いていただける希望を思い出しつつ、毎月第一主日の礼拝の中でもたれる「聖餐」を大切にしていきましょう。(吉持日輪生)
民数記9章14節
民数記9章は、1節に「エジプトの国を出て第二年目の第一月」とあり、強国エジプトから、また奴隷状態から解放されて1年が経ち、2年目に入る時のことが記されています。そしてイスラエルの人たちは、1年前に神さまから命じられた通り、出エジプトの出来事を思い返しつつ「過越のいけにえ」を献げるのですが、その中で問題が生じます。そのことが6節に記されています。6節「人の死体によって身を汚し、その日に過越のいけにえをささげることができなかった人々」への対応問題です。それに関して、神さまはモーセを通して、1ヶ月後に献げれば良いとの答えを出され、この問題は解決しますが、それに付随して「在留異国人」と「在留異国人の子どもたち」の「過越のいけにえ」について14節以降触れられていきます。それに関しては、上記にある通りイスラエル人であろうと、異邦人であろうと「おきては一つ」と力強く神さまが答えておられます。
さて「出エジプト」の出来事は、イエス・キリストの十字架以降の信仰者にとっては、イエスさまの十字架による救いの「型(モデル)」として捉えることができます。つまり強国のような「罪の支配」、「罪の奴隷」から、イエスさまによって救い出されたことと重なるということです。そうするとこの「過越のいけにえ」は、私たちにとっての「聖餐」と重なることになるでしょう。
「おきては一つ」とあるように、イスラエル人が「過越のいけにえ」を大切にしていたように、私たちも「聖餐」を大切にし、また「聖餐」に与りながら、自らが「罪の支配」「罪の奴隷」からイエスさまによって解放されたことを喜ぶ時としましょう。また私たちも、出エジプトの出来事を思い返し、神さまの力強さ、そして必ず「約束の地(御国)」へと導いていただける希望を思い出しつつ、毎月第一主日の礼拝の中でもたれる「聖餐」を大切にしていきましょう。(吉持日輪生)
聖書から学べること ― 2017年03月05日
あなたがレビ人をイスラエル人のうちから分けるなら、レビ人はわたしのものとなる。民数記8章14節
「レビ人はわたしのものとなる」(14節b)。このテーマは、民数記3章にも記されていました。しかし民数記3章では、「レビ人はわたしのもの」とあわせて「わたしが主である」が記されています。
民数記3章13節b「彼ら(レビ人)はわたしのものである。わたしは主である」。
民数記3章45節b「レビ人はわたしのものでなければならない。わたしは主である」。
一方民数記8章では「レビ人はわたしのもの」と共に「わたしが主である」は登場せず、代わりに「奉献物」ということばが登場します。
民数記8章11節「アロンはレビ人を、イスラエル人からの奉献物として主の前にささげる」。
民数記8章13節b「彼ら(レビ人)を奉献物として主にささげる」。
民数記8章15節b「彼ら(レビ人)を奉献物としてささげなければならない」。
民数記8章21節b「そうしてアロンは彼ら(レビ人)を奉献物として主の前にささげた」。
この表現の違いに目を留めると民数記3章は、「献げられる側」神さまの視点が強調されていて、民数記8章は、「献げる側」、つまりイスラエル人の視点に重きが置かれているように感じます。
同じような表現の違いを新約聖書の中にも見ることができます。イエスさまは、マタイ22章21節bで「神のものは神に返しなさい」と言われ、また第2コリント9章7節aでは「(献金は)ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい」とあります。これらも前者は、「献げられる側」つまり神さまの側の表現で、後者は、「献げる側」私たちの側の表現と言えます。
私たちは、聖書を通して神さまの思いを知り、また聖書を通して神さまの前を歩む信仰者の姿勢を学びます。今週も、聖書を通して神さまの思いを知り、聖書を通して神さまの前を歩む信仰者の姿勢を学びつつ歩ませていただきましょう。(吉持日輪生)
「レビ人はわたしのものとなる」(14節b)。このテーマは、民数記3章にも記されていました。しかし民数記3章では、「レビ人はわたしのもの」とあわせて「わたしが主である」が記されています。
民数記3章13節b「彼ら(レビ人)はわたしのものである。わたしは主である」。
民数記3章45節b「レビ人はわたしのものでなければならない。わたしは主である」。
一方民数記8章では「レビ人はわたしのもの」と共に「わたしが主である」は登場せず、代わりに「奉献物」ということばが登場します。
民数記8章11節「アロンはレビ人を、イスラエル人からの奉献物として主の前にささげる」。
民数記8章13節b「彼ら(レビ人)を奉献物として主にささげる」。
民数記8章15節b「彼ら(レビ人)を奉献物としてささげなければならない」。
民数記8章21節b「そうしてアロンは彼ら(レビ人)を奉献物として主の前にささげた」。
この表現の違いに目を留めると民数記3章は、「献げられる側」神さまの視点が強調されていて、民数記8章は、「献げる側」、つまりイスラエル人の視点に重きが置かれているように感じます。
同じような表現の違いを新約聖書の中にも見ることができます。イエスさまは、マタイ22章21節bで「神のものは神に返しなさい」と言われ、また第2コリント9章7節aでは「(献金は)ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい」とあります。これらも前者は、「献げられる側」つまり神さまの側の表現で、後者は、「献げる側」私たちの側の表現と言えます。
私たちは、聖書を通して神さまの思いを知り、また聖書を通して神さまの前を歩む信仰者の姿勢を学びます。今週も、聖書を通して神さまの思いを知り、聖書を通して神さまの前を歩む信仰者の姿勢を学びつつ歩ませていただきましょう。(吉持日輪生)
ささげ方とその分け方 ― 2017年02月26日
車二両と雄牛四頭をゲルション族にその奉仕に応じて与え、車四両と雄牛八頭をメラリ族に、祭司アロンの子イタマルの監督のもとにある彼らの奉仕に応じて与えた。しかしケハテ族には何も与えなかった。彼らの聖なるものにかかわる奉仕は、肩に負わなければならないからである。 民数記7章7~9節
民数記7章には、「祭壇奉献のささげ物」について記されています。その内容は、とても単調ですが、注目すべきテーマがあります。それは「ささげ方とその分け方」です。
7章2~9節には「部族の長たちで、登録を担当した者」のささげ物について記されています。その内容は「彼らはささげ物を主の前に持って来た。それはおおいのある車六両と雄牛十二頭で、族長ふたりにつき車一両、ひとりにつき牛一頭であった。彼らはこれを幕屋の前に連れて来た」(民数記7章3節)。また7章10~83節には、「族長たちからのささげ物」について記されていますが、その内容は、ひとりひとり全く同じで、「銀の皿一つ、その重さは百三十シェケル。銀の鉢一つ、これは七十シェケルで、聖所のシェケルによる。この二つには穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉がいっぱい入れてあった。また香を満たした十シェケルの金のひしゃく一つ。全焼のいけにえとして若い雄牛一頭、雄羊一頭、一歳の雄の子羊一頭。罪のためのいけにえとして雄やぎ一頭。和解のいけにえとして雄牛二頭、雄羊五頭、雄やぎ五頭、一歳の雄の子羊五頭」です。これが族長ひとりのささげ物でした。このように「ささげ物」の内容は、ひとりひとり同じなのですが、その分け方には違いがありました。それが上記聖書箇所です。
「部族の長たちで、登録を担当した者」のささげ物は、全部で「おおいのある車六両と雄牛十二頭」でしたが、その分け方は「ゲルション族に車二両、雄牛四頭」「メラリ族に車四両と雄牛八頭」、そして「ケハテ族には何も与えなかった」とあります。その理由は、簡単に言うと「必要なかったから」ですが、違和感を覚えます。
これと同じ姿勢が、現在の教会にも受け継がれています。教会は、豊かな人や、ごく一部の人の献金で成り立っているのではなく、ひとりひとりの尊い献金によって営まれています。けれどもその分け方、使われ方は、まさに必要に応じてです。今日もあなたの尊い献金が、必要なところで用いられ、教会の働きが進められていきます。祈りつつ献げ、また献げたものが必要な所で用いられるように祈りましょう。(吉持日輪生)
民数記7章には、「祭壇奉献のささげ物」について記されています。その内容は、とても単調ですが、注目すべきテーマがあります。それは「ささげ方とその分け方」です。
7章2~9節には「部族の長たちで、登録を担当した者」のささげ物について記されています。その内容は「彼らはささげ物を主の前に持って来た。それはおおいのある車六両と雄牛十二頭で、族長ふたりにつき車一両、ひとりにつき牛一頭であった。彼らはこれを幕屋の前に連れて来た」(民数記7章3節)。また7章10~83節には、「族長たちからのささげ物」について記されていますが、その内容は、ひとりひとり全く同じで、「銀の皿一つ、その重さは百三十シェケル。銀の鉢一つ、これは七十シェケルで、聖所のシェケルによる。この二つには穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉がいっぱい入れてあった。また香を満たした十シェケルの金のひしゃく一つ。全焼のいけにえとして若い雄牛一頭、雄羊一頭、一歳の雄の子羊一頭。罪のためのいけにえとして雄やぎ一頭。和解のいけにえとして雄牛二頭、雄羊五頭、雄やぎ五頭、一歳の雄の子羊五頭」です。これが族長ひとりのささげ物でした。このように「ささげ物」の内容は、ひとりひとり同じなのですが、その分け方には違いがありました。それが上記聖書箇所です。
「部族の長たちで、登録を担当した者」のささげ物は、全部で「おおいのある車六両と雄牛十二頭」でしたが、その分け方は「ゲルション族に車二両、雄牛四頭」「メラリ族に車四両と雄牛八頭」、そして「ケハテ族には何も与えなかった」とあります。その理由は、簡単に言うと「必要なかったから」ですが、違和感を覚えます。
これと同じ姿勢が、現在の教会にも受け継がれています。教会は、豊かな人や、ごく一部の人の献金で成り立っているのではなく、ひとりひとりの尊い献金によって営まれています。けれどもその分け方、使われ方は、まさに必要に応じてです。今日もあなたの尊い献金が、必要なところで用いられ、教会の働きが進められていきます。祈りつつ献げ、また献げたものが必要な所で用いられるように祈りましょう。(吉持日輪生)
ナジル人 ― 2017年02月19日
彼は、ナジル人としての聖別の期間は、【主】に聖なるものである。
民数記6章8節
今回は、吉持尽主が恵泉を担当します。このナジル人について修士論文で取り扱ったことがあるためです。
ナジル人とは、特別な誓いをして一定期間、自らを聖別した者のことです(民数6:2)。身を聖別するための規定は、当時の聖職者の中で最も聖であった大祭司と同等の困難さを持つほどの厳しいものです(民数6:3–7)。それらの厳しい規定を守ることで、ナジル人は聖となることができるのです。そして、自らが決めた聖別の期間を終えると、ナジル人はいけにえを携えて、会見の天幕の入り口に来て、ささげ物を献げなければなりません。しかし、これは不可解です。特にそのささげ物の中に、罪のためのいけにえが含まれていることは大きな問題です(民数6:14)。なぜなら、聖となっていたナジル人に贖わなければならない問題があることを予期させるからです。
なぜ、聖であるナジル人が罪のためのいけにえを献げなければならないのでしょうか。論文に詳しい議論が記されていますが、結論を述べると、そのナジル人は外面的に聖となっていたが、内面の聖には至っていないからです。そもそも、ナジル人になろうとする人物は、厳しい規定を行えば、一定期間でも自らは聖になれると思っている高慢さがあることがうかがえます。そのような人物が果たして聖なる人物なのでしょうか。
神様は、このナジル人の規定を通して、人間の奥深くにある汚れ、聖とはほど遠い内面を教えようとしています。聖となるとは神様のものになることであり、自らの手や自らの行動によって神様のものになることが不可能であることもこの箇所は暗示しています。
私たちが日々歩む中で、自らは正しい人間、良い人間であるかを問うてみてください。もし、自らの奥深くに汚れ、聖とはほど遠い内面があるのであれば、それを神様によって取り扱って頂く必要があります。自らを省みながら、神様に近づかせて頂く歩みをしましょう。 参考文献:吉持尽主「ナジル人としてのサムソン」
(吉持尽主)
民数記6章8節
今回は、吉持尽主が恵泉を担当します。このナジル人について修士論文で取り扱ったことがあるためです。
ナジル人とは、特別な誓いをして一定期間、自らを聖別した者のことです(民数6:2)。身を聖別するための規定は、当時の聖職者の中で最も聖であった大祭司と同等の困難さを持つほどの厳しいものです(民数6:3–7)。それらの厳しい規定を守ることで、ナジル人は聖となることができるのです。そして、自らが決めた聖別の期間を終えると、ナジル人はいけにえを携えて、会見の天幕の入り口に来て、ささげ物を献げなければなりません。しかし、これは不可解です。特にそのささげ物の中に、罪のためのいけにえが含まれていることは大きな問題です(民数6:14)。なぜなら、聖となっていたナジル人に贖わなければならない問題があることを予期させるからです。
なぜ、聖であるナジル人が罪のためのいけにえを献げなければならないのでしょうか。論文に詳しい議論が記されていますが、結論を述べると、そのナジル人は外面的に聖となっていたが、内面の聖には至っていないからです。そもそも、ナジル人になろうとする人物は、厳しい規定を行えば、一定期間でも自らは聖になれると思っている高慢さがあることがうかがえます。そのような人物が果たして聖なる人物なのでしょうか。
神様は、このナジル人の規定を通して、人間の奥深くにある汚れ、聖とはほど遠い内面を教えようとしています。聖となるとは神様のものになることであり、自らの手や自らの行動によって神様のものになることが不可能であることもこの箇所は暗示しています。
私たちが日々歩む中で、自らは正しい人間、良い人間であるかを問うてみてください。もし、自らの奥深くに汚れ、聖とはほど遠い内面があるのであれば、それを神様によって取り扱って頂く必要があります。自らを省みながら、神様に近づかせて頂く歩みをしましょう。 参考文献:吉持尽主「ナジル人としてのサムソン」
(吉持尽主)
罪の告白 ― 2017年02月12日
「イスラエル人に告げよ。男にせよ、女にせよ、主に対して不信の罪を犯し、他人に何か一つでも罪を犯し、自分でその罪を認めたときは、自分の犯した罪を告白しなければならない。その者は罪過のために総額を弁償する。また、それにその五分の一を加えて、当の被害者に支払わなければならない。」 民数記5章6~7節
今回、民数記5章において目を留めたいのが「罪の告白」です。今の時代の信仰においてもとても大切な「罪の告白」ですが、民数記5章にはその「罪の告白」のことが記されています。私たちの「罪の告白」のプロセスは「罪を認め」「罪を告白し」「イエスさまの十字架の償いに立つ」という流れですが、民数記においても同じです。「罪を認め」「罪を告白し」「償いをなす」という流れです。神さまは、数千年前の人間に対しても、また21世紀に生きる私たちにも、同じように罪を認め、罪を告白し、罪の償いをなすように求めておられるのです。
では「罪を告白する」歴史はいつから始まっているのでしょうか。それは、「罪を告白しなかった」出来事から始まっていて、そのことが創世記3章に記されています。アダムとエバが罪を認めなかったところです。創世記3章11節で神さまから「あなたは、食べてはならない、と命じておいた木から食べたのか」と問われたアダム(人)は、「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです」(創世記3章12節)と、罪を認めず、罪の責任を妻に転嫁しています。そして次に神さまは、妻に問いかけます。創世記3章13節「あなたは、いったいなんということをしたのか」、この返答は「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです」と、妻も罪を認めず、その責任を蛇に転嫁しています。
これが私たちの弱さです。だからこそ聖書は、神さまの前に罪を認め、罪を告白し、罪の償いをなすように求めるのです。私たちも、今週、どんな小さな罪でも、どんな大きな罪でも、罪を認め、罪を告白し、そしてイエスさまの十字架の贖いに立ち、再び立ち上がり、歩み始めましょう。(吉持日輪生)
今回、民数記5章において目を留めたいのが「罪の告白」です。今の時代の信仰においてもとても大切な「罪の告白」ですが、民数記5章にはその「罪の告白」のことが記されています。私たちの「罪の告白」のプロセスは「罪を認め」「罪を告白し」「イエスさまの十字架の償いに立つ」という流れですが、民数記においても同じです。「罪を認め」「罪を告白し」「償いをなす」という流れです。神さまは、数千年前の人間に対しても、また21世紀に生きる私たちにも、同じように罪を認め、罪を告白し、罪の償いをなすように求めておられるのです。
では「罪を告白する」歴史はいつから始まっているのでしょうか。それは、「罪を告白しなかった」出来事から始まっていて、そのことが創世記3章に記されています。アダムとエバが罪を認めなかったところです。創世記3章11節で神さまから「あなたは、食べてはならない、と命じておいた木から食べたのか」と問われたアダム(人)は、「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです」(創世記3章12節)と、罪を認めず、罪の責任を妻に転嫁しています。そして次に神さまは、妻に問いかけます。創世記3章13節「あなたは、いったいなんということをしたのか」、この返答は「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです」と、妻も罪を認めず、その責任を蛇に転嫁しています。
これが私たちの弱さです。だからこそ聖書は、神さまの前に罪を認め、罪を告白し、罪の償いをなすように求めるのです。私たちも、今週、どんな小さな罪でも、どんな大きな罪でも、罪を認め、罪を告白し、そしてイエスさまの十字架の贖いに立ち、再び立ち上がり、歩み始めましょう。(吉持日輪生)
30歳以上から祭司の務め ― 2017年02月05日
それは会見の天幕で務めにつき、仕事をすることのできる三十歳以上五十歳までのすべての者である。 民数記4章3節
民数記4章に繰り返し出てくる言葉で気になるのが上記聖書箇所に登場する「30歳以上50歳までのすべての者」です。この言葉は、上記3節以外に、23節、30節、35節、39節、43節、47節と登場します。
またこの「30歳以上50歳まで」という年齢が、特別に感じられるのは、民数記1章で人口調査の対象になっていたのが「20歳以上の者」(1章9節、18節、20節、22節、24節、26節、28節、30節、32節、34節、36節、38節、40節、42節、45節)と繰り返し記されていたからかもしれません。
しかし、祭司の務めが30歳からというのは頷けます。兵力としては20歳から考えられたとしても、礼拝の働きをなすのにはさらに年を重ね30歳になってからというのはとても大切なことです。
そして考えてみるとイエスさまが、公生涯に入られたのも「およそ30歳」(ルカの福音書3章23節)でした。またヘブル人への手紙5章5~6節で聖書ははっきりとイエスさまのことを「大祭司」「メルキゼデクの位に等しい祭司」と書いています。さらにパウロも回心してから約20年以上経った後、つまり十分に30歳以上になって書いた書簡においてこのように書いています。「それも私が、異邦人のためにキリスト・イエスの仕え人となるために、神から恵みをいただいているからです。私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです」(ローマ15章16節)。このようにパウロも「祭司の務めを果たしている」という思いがあったことが分かります。
私たちも、年齢が30歳以上になっていく中にあって、または信仰歴が30年以上になっていく中で「祭司の務め」を意識した信仰の歩みを重ねていきたいものです。(吉持日輪生)
民数記4章に繰り返し出てくる言葉で気になるのが上記聖書箇所に登場する「30歳以上50歳までのすべての者」です。この言葉は、上記3節以外に、23節、30節、35節、39節、43節、47節と登場します。
またこの「30歳以上50歳まで」という年齢が、特別に感じられるのは、民数記1章で人口調査の対象になっていたのが「20歳以上の者」(1章9節、18節、20節、22節、24節、26節、28節、30節、32節、34節、36節、38節、40節、42節、45節)と繰り返し記されていたからかもしれません。
しかし、祭司の務めが30歳からというのは頷けます。兵力としては20歳から考えられたとしても、礼拝の働きをなすのにはさらに年を重ね30歳になってからというのはとても大切なことです。
そして考えてみるとイエスさまが、公生涯に入られたのも「およそ30歳」(ルカの福音書3章23節)でした。またヘブル人への手紙5章5~6節で聖書ははっきりとイエスさまのことを「大祭司」「メルキゼデクの位に等しい祭司」と書いています。さらにパウロも回心してから約20年以上経った後、つまり十分に30歳以上になって書いた書簡においてこのように書いています。「それも私が、異邦人のためにキリスト・イエスの仕え人となるために、神から恵みをいただいているからです。私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです」(ローマ15章16節)。このようにパウロも「祭司の務めを果たしている」という思いがあったことが分かります。
私たちも、年齢が30歳以上になっていく中にあって、または信仰歴が30年以上になっていく中で「祭司の務め」を意識した信仰の歩みを重ねていきたいものです。(吉持日輪生)
すべてはわたしのもの ― 2017年01月29日
わたしはイスラエル人のうちで最初に生まれたすべての初子の代わりに、今これからイスラエル人の中からレビ人を取ることにした。レビ人はわたしのものである。
民数記3章12節
民数記3章には、「レビ人(部族)」が祭司アロンにつき添い、仕える部族として選ばれていることが記されています。そしてレビ人(部族)が、その役割を担う理由についても触れています。それが上記聖書箇所です。
その内容は「レビ人はわたしのもの」だから、「イスラエル人のうちで最初に生まれたすべての初子の代わりに」するとの主張ですが、その根底にある神さまの教えは出エジプト記まで遡ります。「イスラエル人の間で、最初に生まれる初子はすべて、人であれ家畜であれ、わたしのために聖別せよ。それはわたしのものである」(出エジプト記13章2節)。つまり神さまはここで「イスラエル人のうちで最初に生まれたすべての初子」は「わたしのもの」と語り、その初子の代わりに「レビ人(部族)」を「取ることにした」と言っています。しかも、神さまは「レビ人(部族)」に対しても、「レビはわたしのもの」と語っています。なぜ「レビはわたしのもの」なのでしょうか。創世記29章から「レビ」の出生を調べると、彼はヤコブ(イスラエル人の始祖)の初子ではありません。ヤコブ(イスラエル人の始祖)の初子は、レアが産んだ「ルベン」で、「レビ」は3番目です。しかし神さまは、その「レビ」を選び、「レビ人はわたしのもの」と主張しているのです。
つまり「初子でないレビに対して、レビ人はわたしのもの」と主張しているのです。なぜでしょうか。その理由を探るのに参考にしたいのが、民数記3章13節と45節最後に記されている「わたしは主である」(民数記3章13節b、45節b)の言葉です。
神さまは、「主」だからこそ、すべては神さまの思い、すべては神さまのお考えの通りに進められるのです。「初子がわたしのもの」であるだけでなく、「すべてのものがわたしのもの」なのです。だとするならば、私たちに求められていることは、それを受け止め、それに従うことです。
今週も、神さまがあなたの歩みの上になしてくださる一つ一つの出来事を、「神さまのなさることは、すべて時にかなって美しい」(伝道者の書3章11節a)と告白しつつ、肯定的に受け止めて前進していきましょう。(吉持日輪生)
民数記3章12節
民数記3章には、「レビ人(部族)」が祭司アロンにつき添い、仕える部族として選ばれていることが記されています。そしてレビ人(部族)が、その役割を担う理由についても触れています。それが上記聖書箇所です。
その内容は「レビ人はわたしのもの」だから、「イスラエル人のうちで最初に生まれたすべての初子の代わりに」するとの主張ですが、その根底にある神さまの教えは出エジプト記まで遡ります。「イスラエル人の間で、最初に生まれる初子はすべて、人であれ家畜であれ、わたしのために聖別せよ。それはわたしのものである」(出エジプト記13章2節)。つまり神さまはここで「イスラエル人のうちで最初に生まれたすべての初子」は「わたしのもの」と語り、その初子の代わりに「レビ人(部族)」を「取ることにした」と言っています。しかも、神さまは「レビ人(部族)」に対しても、「レビはわたしのもの」と語っています。なぜ「レビはわたしのもの」なのでしょうか。創世記29章から「レビ」の出生を調べると、彼はヤコブ(イスラエル人の始祖)の初子ではありません。ヤコブ(イスラエル人の始祖)の初子は、レアが産んだ「ルベン」で、「レビ」は3番目です。しかし神さまは、その「レビ」を選び、「レビ人はわたしのもの」と主張しているのです。
つまり「初子でないレビに対して、レビ人はわたしのもの」と主張しているのです。なぜでしょうか。その理由を探るのに参考にしたいのが、民数記3章13節と45節最後に記されている「わたしは主である」(民数記3章13節b、45節b)の言葉です。
神さまは、「主」だからこそ、すべては神さまの思い、すべては神さまのお考えの通りに進められるのです。「初子がわたしのもの」であるだけでなく、「すべてのものがわたしのもの」なのです。だとするならば、私たちに求められていることは、それを受け止め、それに従うことです。
今週も、神さまがあなたの歩みの上になしてくださる一つ一つの出来事を、「神さまのなさることは、すべて時にかなって美しい」(伝道者の書3章11節a)と告白しつつ、肯定的に受け止めて前進していきましょう。(吉持日輪生)
私たちの間に臨在する神さま ― 2017年01月22日

イスラエル人は、おのおのその旗のもと、その父祖の家の旗じるしのもとに宿営しなければならない。会見の天幕の回りに、距離をおいて宿営しなければならない。 民数記2章2節
民数記2章には、「天幕(幕屋)」を中心とした、各部族の配置が記されています。それが左図ですが、これを見て何か感じるものがあるでしょうか。私の印象は「12部族すべてが同じ方向を向いていなかった」というものでした。
図にある通り「天幕(幕屋)」を中心に3部族がお互いに向き合っています。西の「エフライム」「マナセ」「ベニヤミン」の向かいには、「ユダ」「イッサカル」「ゼブルン」が位置し、北の「ナフタリ」「アシェル」「ダン」の向かいには、「ガド」「シメオン」「ルベン」が位置しています。同じ「約束の地」を目指すイスラエルの民がみな、同じ方向を向いていなかったというのは、私にとってはとても新鮮でした。そして教会のあり方についても、この宿営のようでいいのだと再確認させられました。
つまり教会も、みなが同じ方向に向かなければ「約束の地」へとたどり着けないのではなく、共に「約束の地」を目指すからこそ、私たちもお互いに向き合うのです。そして意見をぶつけ合い、やり方について、考え方について意見交換をし、時に対立や、理解し合えない時もあるけれども、その間に「神さまの臨在する天幕(礼拝)」を置きながら、お互いに理解し合い、お互いに整えられていくのです。これが神の民の姿、教会の姿です。
ヨハネの福音書1章14節に「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」とあります。今週も、対立する人間関係の間にイエスさまを置いて共に「約束の地」を目指しましょう。 (吉持日輪生)
民数記2章には、「天幕(幕屋)」を中心とした、各部族の配置が記されています。それが左図ですが、これを見て何か感じるものがあるでしょうか。私の印象は「12部族すべてが同じ方向を向いていなかった」というものでした。
図にある通り「天幕(幕屋)」を中心に3部族がお互いに向き合っています。西の「エフライム」「マナセ」「ベニヤミン」の向かいには、「ユダ」「イッサカル」「ゼブルン」が位置し、北の「ナフタリ」「アシェル」「ダン」の向かいには、「ガド」「シメオン」「ルベン」が位置しています。同じ「約束の地」を目指すイスラエルの民がみな、同じ方向を向いていなかったというのは、私にとってはとても新鮮でした。そして教会のあり方についても、この宿営のようでいいのだと再確認させられました。
つまり教会も、みなが同じ方向に向かなければ「約束の地」へとたどり着けないのではなく、共に「約束の地」を目指すからこそ、私たちもお互いに向き合うのです。そして意見をぶつけ合い、やり方について、考え方について意見交換をし、時に対立や、理解し合えない時もあるけれども、その間に「神さまの臨在する天幕(礼拝)」を置きながら、お互いに理解し合い、お互いに整えられていくのです。これが神の民の姿、教会の姿です。
ヨハネの福音書1章14節に「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」とあります。今週も、対立する人間関係の間にイエスさまを置いて共に「約束の地」を目指しましょう。 (吉持日輪生)
ひとみのように見守り、御翼の陰にかくまわれて ― 2017年01月15日
イスラエル人の全会衆を、氏族ごとに父祖の家ごとに調べ、すべての男子の名をひとりひとり数えて人口調査をせよ。 民数記1章2節
「民数記」は、書名通り「民の数を記す」ところから始まります。しかし、当時のイスラエルの民全員の人数を数えたわけではありません。上記2節にある通り「すべての男子」の人口調査であり、さらに18節を読むと「第二月の一日に全会衆を召集した。そこで氏族ごとに、父祖の家ごとに、二十歳以上の者の名をひとりひとり数えて、その家系を登記した」とありますから「20歳以上」の人口調査であったことがわかります。また20節を読むと「イスラエルの長子ルベンの子孫は、氏族ごと、父祖の家ごとの、その家系の者であって、ひとりひとり名を数えられた二十歳以上で軍務につくことのできるすべての男子であった」とあることから、「軍務につくことのできる」人の人口調査だったこともわかります。つまりまとめると「20歳以上で軍務につくことのできるすべての男子」の人口調査でした。そしてその人数は、「60万3550人」(46節)であったと記されています。
さてこの「約60万人」という数字が、多いのか少ないのかですが、現在の日本の自衛隊が約23万人(防衛省発表、2016年3月末)と考えると、その2.6倍の軍隊を持つ集団は、当時の近隣諸国にとってとても脅威に感じたことでしょう。
創世記に記されているヨセフの時代、最初にエジプトに入ってきたヤコブ一族の人数は70人(出エジプト記1章5節)でした。神さまは、このヤコブ一族をエジプトという大国の懐に抱かせながら、約60万人の軍隊を持つ国へと導かれたのです。長い歴史を通して現わされたくすしい神さまの御業です。
「私を、ひとみのように見守り、御翼の陰に私をかくまってください」(詩篇17篇8節)。今週も、この神さまに信頼して歩みましょう。(吉持日輪生)
「民数記」は、書名通り「民の数を記す」ところから始まります。しかし、当時のイスラエルの民全員の人数を数えたわけではありません。上記2節にある通り「すべての男子」の人口調査であり、さらに18節を読むと「第二月の一日に全会衆を召集した。そこで氏族ごとに、父祖の家ごとに、二十歳以上の者の名をひとりひとり数えて、その家系を登記した」とありますから「20歳以上」の人口調査であったことがわかります。また20節を読むと「イスラエルの長子ルベンの子孫は、氏族ごと、父祖の家ごとの、その家系の者であって、ひとりひとり名を数えられた二十歳以上で軍務につくことのできるすべての男子であった」とあることから、「軍務につくことのできる」人の人口調査だったこともわかります。つまりまとめると「20歳以上で軍務につくことのできるすべての男子」の人口調査でした。そしてその人数は、「60万3550人」(46節)であったと記されています。
さてこの「約60万人」という数字が、多いのか少ないのかですが、現在の日本の自衛隊が約23万人(防衛省発表、2016年3月末)と考えると、その2.6倍の軍隊を持つ集団は、当時の近隣諸国にとってとても脅威に感じたことでしょう。
創世記に記されているヨセフの時代、最初にエジプトに入ってきたヤコブ一族の人数は70人(出エジプト記1章5節)でした。神さまは、このヤコブ一族をエジプトという大国の懐に抱かせながら、約60万人の軍隊を持つ国へと導かれたのです。長い歴史を通して現わされたくすしい神さまの御業です。
「私を、ひとみのように見守り、御翼の陰に私をかくまってください」(詩篇17篇8節)。今週も、この神さまに信頼して歩みましょう。(吉持日輪生)
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