神さまの栄光は伝わる2023年09月24日

ときに、シェバの女王は、ソロモンの名声を聞いたので、難問をもってソロモンを試そうと、非常に大勢の従者を率い、バルサム油と多くの金および宝石をらくだに載せて、エルサレムにやって来た。彼女はソロモンのところに来ると、心にあることをすべて彼に問いかけた。               
                           歴代誌第二 9章1節

 今回取り上げる歴代誌第二9章の内容は、列王記第一10章にも記されています。2022年5月1日の「恵泉」(週報)に列王記第一10章の文章を掲載していますが、そこで取り上げたのは「666」という数字でした。
 今回は「シェバの女王」について取り上げたいと思います。「シェバ」とは、「今日のサウジアラビヤの中心(一説では西南)地方を指す古代名」(新聖書辞典)と説明されています。エルサレムからサウジアラビアの首都リヤドへの移動をGoogle mapで検索すると、車で16時間、徒歩で514時間と表示されました。しかも興味深かったのは車の経路はほぼ直通の道が表示されるのですが、徒歩になると「クウェート」「イラク」、すなわち「ユーフラテス川」沿いの道が表示されたことでした。恐らくシェバの女王もユーフラテス川沿いのルートでエルサレムを訪れたことでしょう。そうなると514時間の道のりは、1日12時間移動したとしても約43日、約1カ月半かかることになります。冒頭引用箇所に「大勢の従者」「バルサム油と多くの金および宝石をらくだに載せて」とありますので、もしかするとさらにかかったかもしれません。
 さらにこの移動ルートは、創世記のアブラハムが約束の地に移動する時のルートであり、イエスさまが誕生された時に訪れた「東方の博士たち」もこのルートでエルサレムに来たのではと言われています。
 ソロモンの栄華を目の当たりにしたシェバの女王は、このように語っています。

彼女は王に言った。「私が国であなたの事績とあなたの知恵について
聞き及んでいたことは、本当でした。私は自分で来て、自分の目で見るまでは、彼らの言うことを信じなかったのですが、なんと、私にはあなたの知恵のすばらしさを半分も知らされていなかったのです。あなたは、私が聞いていたうわさを上回る方でした。…」
                          歴代誌第二9章5~6節

 ソロモンが受けた神さまからの栄光の知らせが、遠くシェバの女王にまで届いたように、イエスさまが身をもって成し遂げてくださった神さまの救いの御業も、時代を越え、地域を越えて伝わっています。これからも伝えられていきます。今週も、この素晴らしい救いの道を誰かに伝えていきましょう。     (吉持日輪生)

ソロモン時代の平和2023年09月17日

ソロモンが主の宮と自分の宮殿を二十年かけて建て終えたとき、
                           歴代誌第二 8章1節

 ソロモン王の生没年は、はっきり聖書から読み取れませんが、聖書辞典などでは紀元前990年頃に誕生し、紀元前931年に亡くなったと記されています。そうなると約60年間の生涯の内、40年間が王の在位期間で、その在位期間の20年間が神殿と宮殿の建築期間になります。つまり全生涯の3分の1が神殿と宮殿の建築期間で、全在位期間の約半分が神殿と宮殿の建築期間となります。この状況をどのように見るのかは、それぞれの見方があるでしょうが、私はこの個所を調べながら、「シャローム(平安、平和)」から名付けられた「ソロモン」らしい生涯なんだと感じました。
 特に私たちは、2022年2月24日以降、ロシアによるウクライナ攻撃の映像に日々触れ続けています。その映像の中には、多くの建物が破壊されていく場面が流れています。まさに「戦争」は破壊であり、「平和」は生み出すことであり、再生なのでしょう。そのことを思い巡らすと、ソロモン王時代の平和な状況が、まさに神殿と宮殿建築に現れているのです。
 今回取り上げている歴代誌第二8章には、神殿と宮殿建築のことだけでなく、「ヒラムが彼に返した町々を建て直し」(2節)、「荒野にタデモルを建て、倉庫の町々をすべてハマテに建てた」(4節)と記されています。
 しかし、人は確かに「戦争の時」「平和な時」で様々な影響を受けますが、ダビデ王、ソロモン王から教えられることは、人は置かれている環境が「争いの時」「平和な時」でも、その環境、その状況に関係なく、罪人であることです。争いに満ちたダビデ王も罪を犯し、平和に満ちたソロモン王も罪を犯しています。
 ですから聖書はこのように教えています。

みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。忍耐の限
りを尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。 
                        テモテへの手紙第二 4章2節

 今週も、みことばにたって日々歩みましょう。 (吉持日輪生)

恐ろしい経験から生まれる賛美2023年09月10日

ソロモンが祈り終えると、天から火が下って来て、全焼のささげ物と数々のいけにえを焼き尽くし、主の栄光がこの宮に満ちた。
                           歴代誌第二 7章1節

 「天から火が下って来て」とありますが、このことがどのような状況だったのかを考える時、私たちの経験と私たちの知っている自然現象で想像するならば、雷が落ちるような出来事でしょうか。そのように考えると、「そのとき、雲がその宮、すなわち主の宮に満ちた」(歴代誌第二5章13節後半)とあり、さらにこの記述の数節後には「そのとき、ソロモンは言った。『主は、黒雲の中に住む、と言われました。』」(歴代誌第二6章1節)とあります。つまり「主の宮」に満ちた「雲」は、「黒雲」だったということですから、「落雷」の可能性も感じます。実際、神さまがなさることですから「落雷」とは別のものだったかもしれませんが、「落雷」でさえ恐ろしいものなのに、「落雷」のような形で、冒頭引用個所にあるように、「全焼のささげ物と数々のいけにえ」が焼き尽くされることは、恐怖でしかなかったと想像します。
 その上で冒頭引用個所の続きを読むと、聖書はこのように記しています。

イスラエルのすべての人々は、火が下り、主の栄光がこの宮の上に現れたのを見て、膝をかがめて顔を地面の敷石に付け、伏し拝んで、「主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」と主をほめたたえた。 
                          歴代誌第二 7章3節

 この展開には驚きを覚えます。「落雷」のような恐ろしい経験をした後、民は「主はまことにいつくしみ深い、その恵みはとこしえまで」と主をほめたたえているのです。私たちはどうでしょうか。私たちは、恐ろしい体験をする時、神さまの裁きを覚え、恐れてしまいます。しかしこれからは、まず神さまをほめたたえることを大切にしましょう。「主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」と。 (吉持日輪生)

「心を尽くして」(14節)2023年09月03日

(ソロモンは…)こう言った。「イスラエルの神、主よ。天にも地にも、あなたのような神はほかにありません。あなたは、心を尽くして御前に歩むあなたのしもべたちに対し、契約と恵みを守られる方です。
        歴代誌第二 6章14節

 上記引用箇所後半に「心を尽くして御前に歩むあなたのしもべたちに対し、契約と恵みを守られる方です」とある。ここで使われている「心を尽くして」は、旧約聖書で有名な申命記6章4~5節にも登場する表現であり、またイエスさまも引用していることばです。

聞け、イスラエルよ。主は私たちの神。主は唯一である。
あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。                          申命記 6章4~5節

 実は、今回取り上げている歴代誌第二6章には、「心」がたくさん登場しています。「私の父ダビデの心にはいつも」(7節)、「あなたの心にはいつも」(8節)、「心を尽くして」(14節)、「その心をご存じです」「すべての人の子の心をご存じだから」(30節)、「心のすべて」(38節)とある通りです。
 サムエル記第一16章7節後半に「人はうわべを見るが、主は心を見る」とある通り、聖書の神さまは心を見られ、心を探られるお方です。しかし同時に、誰かの「心」と、誰かの「心」とを比較するお方ではありません。ですから「心を尽くして」(14節)も、誰かの「心」と比べて、誰かよりも「尽くして」と語っているのではありません。例えば8節で主(神さま)は「あなた(ダビデ)の心にはいつも、わたしの名のために家を建てたいという思いがあった」と書かれています。ダビデは、順調な時も、そうでない時も、力ある時も、年を重ね弱さを覚える中でも、心を尽くして神殿建築の準備をしたのです。このようなことを思い巡らす時、「心を尽くして」とは、私たち日本人が使う「精一杯」に近いように感じます。誰かと比べて、または誰かのように「がんばる」のではなく、ただただ神さまの前に与えられている時間、与えられている健康、与えられている体力の中で「心を尽くして御前に歩む」(14節)とは、「精一杯御前に歩む」ということでしょう。
 今週も、どのような状況の中にあっても、与えられている心の状況、心の状態の中で「精一杯の心」をもって神さまの御前に歩みましょう。    
(吉持日輪生)

「神殿」「神殿用具」、そしてその後2023年08月27日

ラッパを吹き鳴らす者たち、歌い手たちが、まるで一人のように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた。そして、ラッパとシンバルと様々な楽器を奏でて声をあげ、「主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」と主に向かって賛美した。そのとき、雲がその宮、すなわち主の宮に満ちた。祭司たちは、その雲のために、立って仕えることができなかった。主の栄光が神の宮に満ちたからである。
                      歴代誌第二 5章13~14節

 歴代誌第二5章までの流れをふりかえると、神殿の建築(歴代誌第二3章)、神殿備品の作成(歴代誌第二4章)、そしてこの章では、神殿の中に様々な備品が運び入れられています。「銀、金、各種の用具類」「主の契約の箱」「すべての聖なる用具」などが運び入れられています(1~10節)。
 そしてその後に神殿の中に入れられたものは何だったでしょうか。冒頭引用箇所にある通り「ラッパを吹き鳴らす者たち、歌い手たちが、まるで一人のように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた」(13節前半)、つまり「賛美」がそこに備えられています。そしてさらにその後に何が起こっているでしょうか。「そのとき、雲がその宮、すなわち主の宮に満ちた。(中略)主の栄光が神の宮に満ちた」(13~14節)とあります。
 この順番、「神殿」(建物)、「備品」、「賛美」、そしてその後に「神さまの臨在」という順番から私たちも学びたいと思います。私たちの教会に当てはめるならば、「会堂」(建物)があります、礼拝を献げるための様々な「備品」も備えられています。そして「賛美」も献げられています。ゆえにこのような場所に、神さまも臨在してくださるのです。
 神さまが臨在しやすいように、ますます賛美でこの会堂を満たしていきましょう。「まるで一人のように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた」とあるように、「賛美」でこの会堂を満たしつつ礼拝を献げ、神さまの臨在で満たしていただきましょう。
                        (吉持日輪生)

神殿に用いられた被造物2023年08月20日

その下に沿って、牛の像が周囲を取り巻いていた。一キュビトにつき十ずつの割合で「海」の周りを取り巻いていた。この牛は二段になっていて、「海」を鋳たときに鋳込んだものである。                  歴代誌第二 4章3節

 この章では、ソロモン王が神殿のために作った様々な備品について記されています。そしてそこには神さまの被造物が様々な形で用いられています。例えば冒頭に引用した3節には「牛」が鋳込まれていたとあります。さらに4節では「『海』は12頭の牛の上に据えられていた」ともあります。5節には「ゆりの花」、13節には「ざくろ」、と神さまの造られた植物が用いられています。
 神さまの被造物はそれだけではありません。1節には「青銅」、7節には「金」、17節には「粘土」と、これらのものも神さまの被造物として用いられています。
 しかし、ソロモンの「神殿」と「神殿備品」のために用いられた被造物の筆頭は、神さまに似せて造られた「人」です。

灰壺と十能と肉刺し、およびそれらに属するすべての物を、職人の長フラムがソロモン王のため、主の宮のために、磨き上げた青銅で作った。
歴代誌第二 4章16節

 用いられた「人」は、この「職人の長フラム」だけではありません、このフラムの下、「荷を担ぐ者7万人、山で石を切り出す者8万人、彼らを指揮する者3千6百人」(歴代誌第二2章2節、18節)。さらに「あなた(ソロモン)の熟練工たち、私の主でありあなたの父であるダビデの熟練工たち」(歴代誌第二2章14節後半)もいました。
 つまりこのように「神殿」も、「神殿備品」も、神さまの被造物が豊かに用いられ、組み合わされ、建て上げられ、作られていったのです。このように考えると「神殿建設」「神殿備品作成」も、今日の教会形成と重なると感じます。

キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります。
          エペソ人への手紙 4章16節

 今週も「キリストのからだなる教会」を、共に建て上げていきましょう。
(吉持日輪生)

「ソロモンの神殿」の大きさから考えたこと2023年08月20日

神の宮を建てるために、ソロモンが据えた礎は次のとおりである。長さは、古い尺度のキュビトによると六十キュビト、幅は二十キュビト。
歴代誌第二 3章3節

 上記聖書箇所に登場する「キュビト」とは、旧約聖書時代の長さの単位です。聖書辞典などを見ると「1キュビト」は「0.445メートル」とあります。これをもとにキュビトをメートルに換算すると、ソロモンが建てようとしていた「神の宮(神殿)」の大きさが分かりやすくなります。
 長さ60キュビトは、26.7メートル。幅20キュビトは、8.9メートルです。この数字から神殿の建築面積も出てきます。26.7m×8.9m=237.63㎡です。これは日本でよく用いる土地の広さを現わす「坪」に換算すると約72坪です。
 例えば私たちの教会の礼拝堂と比較するとこうなります。この礼拝堂の建物全体の大きさは、長さ33.45メートル、幅が14.55メートルです。ですからソロモンが建てようとしていた神殿と比べると、この礼拝堂の方が大きいことになります。建築面積で比較すると、この礼拝堂は147.48坪、ソロモンの神殿は72坪です。つまりソロモンの神殿は、この礼拝堂の約半分の大きさだったことになります。かつてソロモンは、このように語っていました。

それにしても、神は、はたして地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして私が建てたこの宮など、なおさらのことです。  
               列王記第一8章27節

ソロモンは、神さまの大きさをしっかりと理解しつつも、その神さまを礼拝する神殿は、かなりコンパクトに造ったことになります。つまり「神殿」を神さまのサイズで造るのではなく、身の丈に合ったものを造ろうとし、神さまも身の丈に合った神殿を造るように導かれたということです。
私たちも次なる礼拝堂を考える時、この「身の丈に合った」神殿のことも考えながら備えていきましょう。
(吉持日輪生)

ダビデ王、ソロモン王の証しの実2023年08月06日

またヒラムは言った。「天と地を造られたイスラエルの神、主がほめたたえられますように。主はダビデ王に知恵のある子を与え、思慮と悟りを授けて、主のための宮と、自分の王国のための宮殿を建てさせられます。    歴代誌第二 2章12節

 上記聖書箇所冒頭に登場する「ヒラム」とは、「ツロの王ヒラム」(3節、11節)のことです。表現されている通り、ツロという国の王様です。また「ツロ」という国は、ガリラヤ湖から北西方向の地中海に面した地域にありました。この地理的な情報が頭に入ると、下記の個所もうなずけます。

私たちのほうでは、お入り用なだけレバノンから木材を切り、これをいかだに組んで、海路ヤッファまであなたのもとにお届けします。あなたがこれをエルサレムに運び上げてください。」                歴代誌第二 2章16節

 上記聖書箇所に「これをいかだに組んで」とあるように、ツロの港からレバノン杉をいかだにしてイスラエルに運んだのでしょう。このようなツロの王ヒラムとソロモン王との関係ですが、今回取り上げたい部分は、冒頭引用箇所の「天と地を造られたイスラエルの神、主がほめたたえられますように」です。
 ツロの王ヒラムは、ソロモン王の父ダビデ王の時代から親交がありましたので、イスラエル人が信じている神さまについて知る機会はあったでしょうが、「天と地を造られたイスラエルの神」との的確な表現に驚かされます。またこの「天と地を造られた」という表現は、旧約聖書の時代に良く使われていた表現だったかというと、日本語で検索しても使われているのは、今回の歴代誌第二の個所を入れて4回だけです。そのことをふまえて考えると、ダビデ王、ソロモン王が、「天と地を造られた神」への信仰をしっかりとツロの王ヒラムに証ししていたからこそ、ツロの王ヒラムは「天と地を造られたイスラエルの神」と語ることができたのでしょう。
 さて私たちはどうでしょうか。クリスチャンであるあなたのことをよく知っている家族や、友人知人たちは、あなたが信じている神さまのこと、あなたが持っている信仰について具体的に表現できるでしょうか。「天と地を造られた神」を信じ、「イエス・キリストがあらゆることの救い主と信じる信仰」に立っていることを、私たちも的確に表現し、そのことが回りの人たちに伝わるように意識して歩みましょう。
(吉持日輪生)

神さまからの恵みが先行する2023年07月30日

ソロモンは、そこに、すなわち会見の天幕におられる主の前にある青銅の祭壇に上り、その上で千匹の全焼のささげ物を献げた。その夜、神はソロモンに現れて仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」      
                      歴代誌第二 1章6~7節

 上記聖書箇所の神さまとソロモン王とのやり取りを読むと、ソロモン王が「千匹の全焼のささげ物を献げた」結果、神さまが「あなた(ソロモン王)に何を与えようか。願え」と語っているように読み取れます。そうだとするならば、聖書の神さまは「たくさんのささげ物に反応する神さま」ということになります。
 そのような誤解が生まれないためにもう少し神さまとソロモン王とのやりとりに注目しましょう。

ソロモンは神に言った。「あなたは、私の父ダビデに大いなる恵みを施されました。そして、父に代わって私を王とされました。
                      歴代誌第二 1章8節

 ここでソロモン王は、告白しています。「あなたは、私の父ダビデに大いなる恵みを施されました」と。つまりソロモン王が献げた「千匹の全焼のささげ物」は、ソロモン王が神さまに願いを聞いてもらうための「ささげ物」ではなく、これまで父ダビデが神さまから受けた「大いなる恵み」に対する、ソロモン王の応答としての「ささげ物」でした。
 同じような誤解が生じやすい個所に出エジプト記20章に記されている「十戒」があります。「十戒」の第一戒から読み始めると、

(第一戒)あなたには、わたし以外に、ほかの神があってはならない。
(第二戒)あなたは自分のために偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、いかなる形をも造ってはならない。    
                       出エジプト記 20章3~4節

 この後にも続く十の「戒め」を「十戒」と呼びますが、神さまは、これらの「戒め」を守れば、あなたがたを祝福するので、「戒め」を守りなさいと教えているように読めてしまいます。しかし聖書は、そのような誤解が生じないように、この「十戒」には「前文」を記しています。

わたしは、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出したあなたの神、主である。
                          出エジプト記 20章2節

 このように「ささげ物」にも、「戒め」にも、神さまからの恵みが先行しています。今週も、先行的な神さまの恵みに目を留め、その恵みに応答して日々歩みましょう。 (吉持日輪生)

直ぐな心で、自ら進んで献げる2023年07月23日

すると、一族の長たち、イスラエル各部族の長たち、千人隊と百人隊の長たち、さらに王家の執務の長たちは、自ら進んで、神の宮の奉仕のために、金五千タラント一万ダリク、銀一万タラント、青銅一万八千タラント、鉄十万タラントを献げた。
                        歴代誌第一 29章6~7節

民は、長たちが自ら進んで献げたことを喜んだ。彼らが全き心をもって、自ら進んで主に献げたからである。ダビデ王も大いに喜んだ。
                        歴代誌第一 29章9節

このように自ら進んで献げる力を持っているとしても、私は何者なのでしょう、私の民は何者なのでしょう。すべてはあなたから出たのであり、私たちは御手から出たものをあなたに献げたにすぎません。       
                        歴代誌第一 29章14節

わが神よ。あなたは心を試される方で、真っ直ぐなことを愛されるのを私はよく知っています。私は直ぐな心で、これらすべてを自ら進んで献げました。また今、ここにいるあなたの民が、自ら進んであなたに献げるのを、私は喜びのうちに見ました。
                         歴代誌第一 29章17節

 これら上記聖書箇所に共通していることばは「自ら進んで…献げ…」です。

 聖書の神さまのために最初に建てられた神殿が、「直ぐな心で、自ら進んで献げた」ものによって建て上げられたことが記されています。私たちも、先週現在の礼拝堂が建てられて30年の節目を迎えました。この会堂を50年は使いたいと考えていますが、そろそろ次なる会堂のための準備をしていく時期に来ていることも感じます。
 ダビデ王は、自ら「私は全力を尽くして、私の神の宮のために準備をしてきた」(歴代誌第一29章2節前半)とあるように、私たちも、ダビデ王のように、またその時代の信仰者たちのように「直ぐな心で、自ら進んで献げる」姿勢をもって、次なる礼拝堂の備えをしていきましょう。 (吉持日輪生)