互いに尊敬し合うことの大切さ2020年10月11日

アビメレクはオフラにある彼の父の家に行って、自分の兄弟であるエルバアルの息子たち七十人を一つの石の上で殺した。しかし、エルバアルの末の子ヨタムは隠れていたので生き残った。                   士師記9章5節

 ギデオン(別名エルバアル)による40年間の平和の後に訪れたのは、混とんとした状況でした。そのことが士師記9章に記されています。
 この章を読んでの感想は、目まぐるしく登場人物が変わっていくことです。1~6節はエルバアル(ギデオン)の子アビメレクのことが語られ、7~25節には、やはりエルバアル(ギデオン)の子ヨタムのことが書かれています。26~41節では、エルバアル(ギデオン)とは関係のないエベデの子ガアルが登場します。42節以降は、再びエルバアル(ギデオン)の子アビメレクのことになりますが、その締めくくりは、一人の女性が投げたひき臼の上石で、死にと追いやられていくアビメレクの姿でした。
 この混とんとした士師記9章の原因が、士師記8章の最後に記されています。

ギデオンには彼の腰から生まれ出た息子が七十人いた。彼には大勢の妻がいたからである。シェケムにいた側女もまた、彼に一人の男の子を産んだ。そこでギデオンはアビメレクという名をつけた。         
                             士師記8章30~31節

 女性にだらしのなかったギデオンという言い方より、女性を尊ばなかったギデオンと言った方が良いでしょう。しかし、その結果は、側女の子アビメレクに70人の息子たちが殺され、さらにそのアビメレクも一人の女性の投げたひき臼の上石で死に至るという、なんとも皮肉に満ちた悲劇となっています。

兄弟愛をもって互いに愛し合い、互いに相手をすぐれた者として尊敬し合いなさい。
                       ローマ人への手紙12章10節

 私たちには、このような神さまの言葉が与えられています。互いに愛し合い、互いに尊敬し合う関係をもって今週も歩ませていただきましょう。(吉持日輪生)

神さまのご性質に倣おう!2020年10月18日

しかし、あなたがたはわたしを捨てて、ほかの神々に仕えた。だから、わたしはこれ以上あなたがたを救わない。              士師記10章13節

 上記の神さまのおことばが事実でないことは、今も、イスラエルという国があることや、この後もイスラエルの歴史が聖書に記されていることから明白です。
 さらに16節を見ると、

彼らが自分たちのうちから異国の神々を取り去って主に仕えたので、主はイスラエルの苦痛を見るに忍びなくなられた。           士師記10章16節

とあり、父なる神さまのあわれみ深さが記されています。このような個所は、ここだけではなく、他にもたくさん見ることができます。
 例えば、下記の聖書個所、

私は初めのときのように、四十日四十夜、山にとどまった。主はこのときもまた、私の願いを聞き入れ、主はあなたを滅ぼすことを思いとどまられた。
                            申命記10章10節

ここでも神さまは、神さまのあわれみ深さゆえに、思いとどまられています。まさに下記の聖書個所の通りです。

しかし主よ
あなたはあわれみ深く 情け深い神。
怒るのに遅く
恵みとまことに富んでおられます。             詩篇86篇15節

 私たちも、この父なる神さまの「あわれみ深く、情け深く、怒るのに遅く、恵みとまことに富んでおられる」ご性質のゆえに生かされている者です。
 だからこそ、この神さまのご性質を少しでも身に着け、平和を造る者として、今週も歩ませていただきましょう。                (吉持日輪生)

混沌としていても「主の霊」は注がれる2020年10月25日

すると、アンモン人の王はエフタの使者たちに答えた。「イスラエルがエジプトから上って来たとき、アルノン川からヤボク川、それにヨルダン川に至るまでの私の土地を取ったからだ。今、これらの地を穏やかに返しなさい。」 
士師記11章13節

 士師記11章を読み進めていく中で感じたことは、ますます当時の社会状況が、混迷を深め、混沌としていく印象です。また上記聖書個所にあるようなヨルダン川流域の領土問題を読む時、そこには今日まで続くパレスチナ問題の根の深さを感じます。
 さてここに登場する「アンモン人」について、創世記にその始まりが記されています。

こうして、ロトの二人の娘は父親によって身ごもった。姉は男の子を産んで、その子をモアブと名づけた。彼は今日のモアブ人の先祖である。妹もまた、男の子を産んで、その子をベン・アミと名づけた。彼は今日のアンモン人の先祖である。  
創世記19章36~38節

 つまり「アンモン人」とは、アブラハムの甥ロトとロトの娘との間に産まれた子どもを始祖とする民族でした。ですからアブラハムを始祖とするイスラエルと、とても近い民族になりますが、時を経る中で、士師記11章に記されているように、敵対関係となっています。
 人間の罪深さ、そしてその人間の罪深さから生まれる様々な問題、課題。そのような混沌としている時代のさなかにあっても、士師として選ばれたエフタに神さまは、しっかり関わってくださっていることが、士師記11章には記されています。

主の霊がエフタの上に下ったとき、…そしてギルアデのミツパからアンモン人のところへ進んで行った。エフタは主に誓願を立てて言った。「もしあなたが確かにアンモン人を私の手に与えてくださるなら、   
士師記11章29~30節(抜粋)

 神さまは、エフタの上に「主の霊」を注ぎ、エフタも「主に誓願を立てて」います。私たちも、時代や、社会が、どんなに混沌としていっても、神さまからの聖霊を受けているクリスチャンとして、神さまに祈りつつ歩みましょう。(吉持日輪生)