私たちの罪深さ2020年08月16日

エルサレムに住んでいるエブス人に関しては、ベニヤミン族がこれを追い払わなかったので、エブス人は今日までベニヤミン族とともにエルサレムに住んでいる。                             士師記1章21節

 士師記1章を読んでいて気になるのが「追い払わなかった」という言葉です。「追い払わなかった」という意味合いの言葉も含めると、19節、21節、28節、29節、30節、31節、32節、33節に出てきます。
 そしてこの今から数千年前の出来事が、今日の「パレスチナ問題」につながっていることを知る時、「パレスチナ問題」の根の深さを感じます。けれども私たち聖書に親しむ者は、さらに知るべきことがあります。それが、ヨシュア記23章12~13節とのつながりです。

しかし、もしも、あなたがたが再び堕落して、これらの異邦の民の生き残っている者、すなわち、あなたがたの中に残っているこれらの者たちと親しく交わり、彼らと姻戚関係に入り、あなたがたが彼らの中に入って行き、彼らもあなたがたの中に入って来ることがあれば、あなたがたは、このことをしっかりと知らなければならない。あなたがたの神、主は、もはやこれらの異邦の民をあなたがたの前から追い払われない。彼らはあなたがたにとって、罠となり、落とし穴となり、あなたがたの脇腹にむちとなり、あなたがたの目にとげとなる。そして、あなたがたは自分たちの神、主がお与えになったこの良い地から滅び失せる。 
               ヨシュア記23章12~13節

 つまり今日までイスラエルの民が、「パレスチナ問題」で苦しむのは、「異邦の民」を追い払わなかった結果、姻戚関係に入った結果だということです。
 神さまの命令を守ることの大切さを覚えられると共に、私たち人間が、神さまの命令を守ることのできない罪深い人間であることを教えられます。それゆえ神さまは、愛するひとり子イエスさまを私たちの罪の償いとする「救いの道」を用意するしかなかったのです。
 今週も、そのイエスさまによる救いに感謝し、またそれを喜びつつ、私たちにできる精一杯の思いと行動で応えていきましょう。    (吉持日輪生)

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