迫害する者を祝福する2026年05月24日

聖徒たちの必要をともに満たし、努めて人をもてなしなさい。あなたがたを迫害する者たちを祝福しなさい。祝福すべきであって、呪ってはいけません。
                  ローマ人への手紙12章13〜14節

 すべてのクリスチャンは聖徒と呼ばれます(ローマ人への手紙1章7節)。これは特別なリーダーだけでなく、イエスさまを信じるすべての人に与えられた身分です。ただし、この聖さは自分の行いによるものではなく、キリストの十字架と復活によるものです。高ぶるためではなく、神の憐れみを覚えるための言葉です(エペソ人への手紙2章8~9節)。
 この土台の上に立って、ローマ人への手紙12章13~14節は2つのことを教えています。
 第一に、互いの必要をともに満たすことです(13節)。「ともに満たす」とは、分け与える、交わるという意味です。人それぞれに異なる賜物や余裕が与えられており、周りのニーズを満たし、また仕えるために、それを活かすことが求められています。自己中心から守られ、幸福度も高まります。茨木聖書教会が留学生の依頼に応え英語礼拝を毎週開催するようになったのも、この教えの実践です。
 第二に、迫害する者を祝福することです(14節)。当時のクリスチャンはユダヤ人・異邦人・ローマ帝国から迫害されていました。悪いことをされたら、復讐したくなるのが人の自然な感情です。しかし聖書は、呪う代わりに相手の益を祈るよう命じています。これは困難ですが、長期的にはお互いにとって最善の道です。
 ステパノは迫害者のために「この罪を彼らに負わせないでください」と祈りました(使徒の働き7章60節)。その迫害者の一人サウロは後に悔い改めてパウロとなり、ローマ人への手紙を書きました。きっかけの一つはステパノの祝福の祈りでした。さらにその根底にはイエス・キリストの祈りがあります。十字架の上でイエスは「父よ、彼らをお赦しください」と祈られました(ルカの福音書23章34節)。この祈りによって隣の犯罪人が悔い改め、弟子たちが立ち直り、ペンテコステに三千人が悔い改め、私たち自身も赦しの恵みを受けました。
 聖徒として、互いの必要を満たし、迫害する者を祝福する者でありたいと思います。
                           (ハレファ・スルヤ)