私のことを瞳のように守られる神さま ― 2026年01月08日
私を襲う悪しき者から
私を取り巻く貪欲な敵から。
彼らは 鈍い心を固く閉ざし
その口をもって高慢に語ります。
彼らは私たちの跡をつけ 今 取り囲み
目を据えて 地に投げ倒そうとしています。
それはまるで かみ裂くことに飢えた獅子
待ち伏せしている若い獅子のようです。
詩篇17篇9~12節
上記に「私を襲う悪しき者」「私を取り巻く貪欲な敵」(9節)とあるように聖書は、常に「悪しき存在」「敵」について語ります。そしてその存在は、あの手この手で私たちに襲い掛かってきます。「その口をもって高慢に語り」(10節)、「私たちの跡をつけ」「取り囲み 目を据えて 地に投げた襲うとし」(11節)、「かみ裂くことに飢えた獅子」「待ち伏せしている若い獅子」(12節)とある通りです。
さらに新約聖書でも次のように記しています。
身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。
ペテロの手紙第一5章8節
しかし、聖書はこのような「悪しき存在」「敵」「悪魔」について語ると共に、それ以上に力強く、そして継続的に伝えていることは、「神さまの存在」「神さまの愛」「神さまの守り」です。今回の詩篇17節ではこのように記されています。
瞳のように私を守り
御翼の陰にかくまってください。
詩篇17篇8節
神さまは、私たちのことを愛しておられるからこそ、私たちを「瞳のように守り」「御翼の陰にかくまって」くださるのです。さらにイエスさまもこのように語っています。
わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。
マタイの福音書28章20節
私たちを「瞳のように守り」「御翼の陰にかくまってくださる」神さまが、いつも私とともにいてくださるのです。その神さまに信頼して今週も歩みましょう。 (吉持日輪生)
私を取り巻く貪欲な敵から。
彼らは 鈍い心を固く閉ざし
その口をもって高慢に語ります。
彼らは私たちの跡をつけ 今 取り囲み
目を据えて 地に投げ倒そうとしています。
それはまるで かみ裂くことに飢えた獅子
待ち伏せしている若い獅子のようです。
詩篇17篇9~12節
上記に「私を襲う悪しき者」「私を取り巻く貪欲な敵」(9節)とあるように聖書は、常に「悪しき存在」「敵」について語ります。そしてその存在は、あの手この手で私たちに襲い掛かってきます。「その口をもって高慢に語り」(10節)、「私たちの跡をつけ」「取り囲み 目を据えて 地に投げた襲うとし」(11節)、「かみ裂くことに飢えた獅子」「待ち伏せしている若い獅子」(12節)とある通りです。
さらに新約聖書でも次のように記しています。
身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。
ペテロの手紙第一5章8節
しかし、聖書はこのような「悪しき存在」「敵」「悪魔」について語ると共に、それ以上に力強く、そして継続的に伝えていることは、「神さまの存在」「神さまの愛」「神さまの守り」です。今回の詩篇17節ではこのように記されています。
瞳のように私を守り
御翼の陰にかくまってください。
詩篇17篇8節
神さまは、私たちのことを愛しておられるからこそ、私たちを「瞳のように守り」「御翼の陰にかくまって」くださるのです。さらにイエスさまもこのように語っています。
わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。
マタイの福音書28章20節
私たちを「瞳のように守り」「御翼の陰にかくまってくださる」神さまが、いつも私とともにいてくださるのです。その神さまに信頼して今週も歩みましょう。 (吉持日輪生)
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