20130310 人生を何の上に築くか2013年03月10日

「また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。」          ヤコブの手紙1章22節

イエス様のたとえ話に二人の人が家を建てた話があります。ひとりは賢い人と呼ばれ、もうひとりは愚かな人と呼ばれています。この二人にはいくつかの共通するものと、また違っていた点とがあります。まず共通する点は、第一に、イエス様から同じ聖書の話を聞いていたことです。いわば教会で同じ説教を聞いていたということです。同じ救いの道を聞いていたのです。第二に、救いの道を聞いた後で、家を建てたことです。ここで家は人生にたとえられています。賢い人はイエス様から聞いたお言葉に基づいて人生を建て上げたのです。一方、愚かな人はイエス様から聞いたことばに関係なく人生を建て上げたのです。第三に、同じ嵐に直面していることから同じ場所に建てたことが分かります。すなわち環境的に何ら違いは無かったのです。第四に、同じような家を建てたことから、周りの人から見て、同じように教会生活をし、社会生活をしていたのです。
外から見分けがつかなかった二人の家でしたが、共通していたこと以上に、違いの方がはるかに大きかったのです。その違いは家の土台でした。賢い人は岩の上に家を建てました。愚かな人は砂の上に家を建てました。ここで言う岩とは石ではなく岩盤のことです。それは大きな岩で、びくともしない、安定した岩でした。愚かな人は砂という移ろいやすい、不安定なものの上に家を建てたのです。イエス様のお言葉を聞いて、それに従って生きることが岩の上に人生を建てることで、賢いことだと言うのです。砂とは人間の意見、考えを表しています。愚かな人は移ろいやすい人間の考えに左右されて生きていると言うのです。
何を土台としているかは普段違いが分かりません。しかし嵐が二人の人の家に襲ってきたとき、はっきりと分かるのです。賢い人の家は倒れませんでしたが、愚かな人の家は倒れてしまいました。またその倒れ方はひどいものだと言うのです。イエス様のお言葉をただ聞くだけではなく、私たちの人生に適用させることです。

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