上に立つ権威②2026年09月06日

支配者を恐ろしいと思うのは、良い行いをするときではなく、悪を行うときです。権威を恐ろしいと思いたくなければ、善を行いなさい。そうすれば、権威から称賛されます。 
                   ローマ人への手紙13章3節

 7月19日の説教「上に立つ権威」では、次のことを学びました。ローマ人への手紙13章が教える「権威」とは、政府関係者や為政者を指します。権威自体は神によって与えられたものであり、その目的は「悪を罰すること」と「税制等を通じて市民の福祉を向上させること」にあります。そうすると、神に感謝しつつ、為政者の存在を認めること、政治に参画すること、政界での仕事を検討すること、という3つの適用が考えられます。
 今回はさらに2つの適用を考えます。第4の適用は「究極の忠誠心を神におくこと」です。私たちは罰を恐れるからではなく、「良心」ゆえに為政者に従います。ここでの良心とは個人の好みではなく、「為政者は神のしもべであり、市民の益のために立てられている」という内なる価値観です。納税も、単なる義務感からではなく、正義と福祉の実現に貢献するという前向きな姿勢で行いたいものです。
 また、為政者は神のしもべとして市民の上に立ちますが、最高の権威ではありません。一番上におられるのは神さまです。もし為政者の指示が神のみこころと反する場合、クリスチャンは最高の権威である神に従わなければなりません。
 第5の適用は「悪を行わず、善を行うこと」です。2節で禁じられている「反抗」とは、当時ローマへの憎しみからテロや暴力を振るった「熱心党」のような過激な抵抗を指します。私たちは悪に対して悪で返すのではなく、地域奉仕や被災地支援といった「善」を行い続けることが求められます。
 また、善行には為政者の誤りを指摘することも含まれます。これは容易ではありません。平和主義を貫いて弾圧されながらも、信仰によって勇気と忍耐を持ち、正しさを語り続けた矢内原忠雄のように、私たちも神への信仰に支えられて善を行い続けることが大切です。神から与えられる勇気と忍耐をもって、最高の権威である主に従い歩んでいきましょう。              (ハレファ・スルヤ)