幸いなことよ2025年09月14日

幸いなことよ
悪しき者のはかりごとに歩まず
罪人の道に立たず
嘲る者の座に着かない人。       詩篇1篇1節

 難解で、最後まで読み切っても、明確なメッセージを完全に理解できないヨブ記を最後の42章まで読み終え、今日から詩篇です。その詩篇1篇の最初のことばが、冒頭で引用している通り「幸いなことよ」です。
 この詩篇冒頭の「幸いなことよ」に、様々な思いを抱きました。一つは、難解なヨブ記を読み終え、簡潔でわかりやすい詩篇に進めた「幸い」です。ヨブ記は一つの章を読み終えても、もう一つ理解できないのに対して、詩篇は一つ一つの詩から明確なメッセージを読み取ることができます。本当に「幸い」です。
 もう一つの「幸い」は、「幸いなことよ」のヘブル語音です。ヘブル語で「アシュレイ」と読むことばが使われています。どこかで聞いたことのある響きですよね。そうです、私たちの教会が、スポーツを愛する若者への伝道を目的としてサポートしているフットサルチームの名前です。「アシュレイ茨木」の「アシュレイ」は、この詩篇1篇1節の冒頭のことばから取ったものでした。「アシュレイ茨木」は、現在、大阪府フットサル連盟1部リーグに、昇格して今年から所属していますが、まだ1勝もできず、1部リーグ最下位です。しかし「アシュレイ茨木」のチーム名には、試合に勝つ「幸い」だけでなく、スポーツを愛する若者たちに、まさに「幸い」な人生を歩んでほしいという思いが込められています。
 「アシュレイ茨木」の選手だけでなく、私たちも詩篇1篇冒頭の「アシュレイ」のことばに触れつつ、それぞれの人生を「悪しき者のはかりごとに歩まず」「罪人の道に立たず」「嘲る者の座に着かない」者として歩みたいものです。そのために詩篇1篇2節以降にこのように記されています。

主のおしえを喜びとし 
昼も夜も そのおしえを口ずさむ人。
その人は
流れのほとりに植えられた木。 
時が来ると実を結び 
その葉は枯れず
そのなすことはすべて栄える。     詩篇1篇2~3節

 今週も「主のおしえを喜び」「そのおしえを口ずさみ」つつ歩みましょう。
                               (吉持日輪生)

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