20120708 誘惑に陥らないために2012年07月08日

「 すると、試みる者が近づいて来て言った。『あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。』」           マタイの福音書4章3節

 イエス様は公の活動を始められたとき、荒野の誘惑、または試練とも言われる悪魔からの試みを受けられました。悪魔からの試みはこのときだけではなく、イエス様の3年半にわたる公生涯を通して、十字架の死に至るまで絶えずあったのです。荒野の誘惑におけるイエス様の勝利は私たちのための模範であり、誘惑への勝利の道を示しているのです。
 悪魔は何を目的としてイエス様を誘惑し、また私たちを試みるのでしょうか。その唯一の目的はイエス様をまた私たちを神様の御心の道から遠ざけ、自分の願うように生きるようにさせることです。すなわち神様に不信を起こさせ、逆らわせ、罪を犯させることです。そして神様の救いのご計画を破綻させることです。
 ではイエス様はこの悪魔の誘惑にどのように立ち向かわれたのでしょうか。それはすべての誘惑に対して聖書の言葉を示し、応答したことです。詩篇の作者が「あなたに罪を犯さないために、私はあなたのことばを心にたくわえました。」と言う通りです。このときイエス様は40日40夜断食をした後、空腹を覚えられていました。悪魔は「神の子なら、自分の必要のために自分の力を用いて、今すぐ空腹を満たしなさい。」と誘惑したのです。イエス様は旧約聖書の申命記8章3節を引用し、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。」と答えたのです。申命記8章はイスラエルがシナイの荒野で経験した神様の大きな愛を思い起させている箇所です。イエス様はこの箇所から引用することを通して、恵み深い神様の支えにどんなときにも信頼した方が良いことを示したのです。私たちの弱さは今の必要に自分の力で何とかしようとすることです。荒野でのイエス様の模範は、たとえどんな緊急な必要が起きても、私たちは天の父の備えを待つべきだと言うことを教えています。我慢できずに自分の力で、また自分のやり方で解決しようとすることは決して良い結果をもたらさないし、神様の栄光にならないのです。