「いつまで」は「いつも」へ2025年12月07日

 主よ いつまでですか。
 あなたは私を永久にお忘れになるのですか。
 いつまで 御顔を私からお隠しになるのですか。
 いつまで 私は自分のたましいのうちで
 思い悩まなければならないのでしょう。
 私の心には 一日中 悲しみがあります。
 いつまで 敵が私の上におごり高ぶるのですか。
                            詩篇13篇1~2節

 詩篇13篇は、「いつまで」ということばが、とても印象に残ります。上記で引用した1~2節で、4回も「いつまで」が使われています。
 「いつまで…お忘れになるのか」「いつまで…御顔をお隠しになるのか」「いつまで…思い悩まなければならないのか」「いつまで…敵がおごり高ぶるのか」。詩篇作者の切実な叫びが、ストレートに語られています。
 しかし、同時にこれらの詩篇作者の叫びには、しっかりとした「信仰」という土台があることも読み取ることができます。

 私は主に歌を歌います。
 主が私に良くしてくださいましたから。   詩篇13篇6節

 詩篇作者は、これまでに何度も「いつまで…」と叫ばざるを得ないような経験をしたのでしょう。しかしその「いつまで…」という叫びが、いつも「主が良くしてくださること」に至ることを経験し、体験し、そのことを知り、そのことを信じるに至ったのです。この詩篇13篇を、そのように読む時、私たちも父なる神さまに対して、子どものように「いつまで…」「いつまで…」「いつまで…」と叫びつつも、そのような叫びが、またそのような祈りが、いつも「主は私によくしてくださった」という恵みに至ることを経験したいと思います。
 2025年も早いもので、残りひと月を切りました。神さまの前に1年を振り返り「いつまで…」との叫びを覚えながらも、私たちも詩篇作者のように、いつも「主がよくしてくださる」ことを経験させていただき、主に賛美を献げていきたいと思います。                          (吉持日輪生)

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