「背後の戸を閉めて」従う2022年08月21日

家に入ったら、あなたと子どもたちの背後の戸を閉めなさい。そしてすべての器に油を注ぎ入れなさい。いっぱいになったものは、わきに置きなさい。 
列王記第二 4章4節

 上記聖書箇所の「背後の戸を閉めなさい」ということばを読んで、創世記のある出来事を思い出している方がおられるのではないでしょうか。
入ったものは、すべての肉なるものの雄と雌であった。それらは、神がノアに命じられたとおりに入った。それから、主は彼のうしろの戸を閉ざされた。
                             創世記 7章16節

 創世記7章に記されているノアの大洪水の場面でも「うしろの戸を閉ざす」行為が記されています。ノアの大洪水では、「主(神さま)」が「うしろの戸を閉ざした」とあり、列王記第二では「預言者を通して神さま」が、「背後の戸を閉めるように」語られています。
 「うしろの戸(背後の戸)を閉める」とは、いったいそこにはどのような意味があるのでしょうか。日本語の表現にある「退路を断って…」と重ねると、ノアの大洪水であれば「退路を断って、箱舟の中に入る」「箱舟を信頼する」ということですし、今回の列王記第二の個所では「退路を断って、預言者のことば(神さまのことば)に信頼する」ということでしょう。
 同時に聖書的な「戸(門)」には、領域の区別が込められています。例えば、神殿の「聖所」と「至聖所」の間には幕が設けられ、しっかりと区別がなされていました。その他にも「戸(門)」によって「内と外」「聖と俗」という区別を、神さまははっきりとしています。ノアの箱舟の「うしろの戸を閉ざす」ことで、「箱舟」の中を「聖なるところ」とされ、また列王記第二では、「背後の戸を閉める」ことで、「預言者の仲間の家」の中を「聖なるところ」とされたのでしょう。
 ですからイエスさまもこのように語られています。

すると、イエスは彼に言われた。「鋤に手をかけてからうしろを見る者はだれも、神の国にふさわしくありません。」           ルカの福音書 9章62節

 私たちの信仰生活においても、「背後(うしろ)の戸を閉めて」、うしろを見ないで神さまにお従いし、神さまの豊かなあふれるばかりの恵みを体験させていただきましょう。 (吉持日輪生)

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://mikotoba.asablo.jp/blog/2022/08/21/9519525/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。