ダビデの叫び、父なる神さまの叫び2022年01月09日

王は身を震わせ、門の屋上に上り、そこで泣いた。彼は泣きながら、こう言い続けた。「わが子アブサロム。わが子、わが子アブサロムよ。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブサロム。わが子よ、わが子よ。」   
サムエル記第二18章33節

 感情豊かなダビデ王の姿が、この章には記されています。アブサロム王率いる軍と戦う時、ダビデ王はこのように語っています。

私自身も、あなたがたと一緒に出陣する。    サムエル記第二18章2節後半

しかし、兵たちから反対されると次のように答えています。

あなたがたが良いと思うことを、私はしよう。  サムエル記第二18章4節前半

ダビデ王の謙遜さを読み取ることのできるやり取りです。
 そしてこの章最後に記されている冒頭個所では、自分に謀反を起こした息子アブサロムの死に激しく泣くダビデ王の言葉が記されています。この部分を「聴くドラマ聖書」の俳優さんの朗読で聞くと、本当にダビデ王の嘆き悲しむ姿が伝わってきます。その朗読を耳にしながら、私は「父なる神さまの叫び」を感じました。
 私たちも、父なる神さまの前にまさに父ダビデ王の息子アブサロムのような存在です。父なる神さまに反旗を翻し、神さまの忌み嫌われることをしてしまう存在です。しかし、父なる神さまは、そのような私たちが死に定められようとする時、このダビデ王のように激しく嘆き悲しまれるのです。そして、それゆえにひとり息子である「イエスさま」を私たちの代わりに死なせることで「救い」「贖い」の道を用意してくださったのです。
 アブサロムのところに自分の名前を入れ、父なる神さまの叫びとして読んでみてください。
 「わが子〇〇〇。わが子、わが子〇〇〇よ。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。〇〇〇。わが子よ、わが子よ。」
 父なる神さまは、このような嘆き悲しみの中で、ひとり息子のイエスさまを私たちの代わりに死なせ、私の救い、私の贖いをなしてくださったのです。今週もそのことを心に刻み、その神さまの思いに応えつつ歩みましょう。(吉持日輪生)

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