「罪の報酬は死です」(ローマ人への手紙6章23節)2021年11月28日

ダビデはナタンに言った。「私は主の前に罪ある者です。」ナタンはダビデに言った。「主も、あなたの罪を取り去ってくださった。あなたは死なない。しかし、あなたはこのことによって、主の敵に大いに侮りの心を起こさせたので、あなたに生まれる息子は必ず死ぬ。」            サムエル記第二12章13~14節

 サムエル記第二12章は、新約聖書の恵みと重なる点が、いくつかちりばめられています。預言者ナタンがたとえ話からダビデ王に話し始めている姿は、福音書でたとえ話をもって群衆に語られたイエスさまと重なります。また冒頭で引用した個所にある通り、ダビデ王の犯した罪が取り去られるのと引き換えに、息子の死がもたらされていること。これも、私たちの罪を取り去るために十字架に掛かり死んでくださったイエスさまと重なります。
 また、しばらく前の礼拝説教でローマ人への手紙6章23節「罪の報酬は死です」の個所を取り扱いましたが、ダビデ王の罪の報酬も、まさに息子の死でした。このようなことを思い巡らしていくと、旧約聖書創世記22章のアブラハムがひとり息子イサクを献げようとする場面も、また今回のダビデ王が経験した息子の死の場面も、「息子の死」に直面する父の姿がとても印象に残ります。そしてその父アブラハムの思いや、父ダビデ王の思いから、私たちは、父なる神さまがひとり息子イエスさまを十字架の死へと向かわせる時の思いを想像することができます。
 ちょうど今年は本日11月28日から、父なる神さまがひとり息子イエスさまをこの世に誕生させてくださったことを喜び、お祝いするクリスマスを待ち望む待降節が始まります。私たちにとっては喜びのクリスマスですが、父なる神さまにとってはひとり息子を十字架に付け、死に至らせる歩みの始まりです。その父なる神さまの思いを想像しながら、そこに神さまの大きな愛があることを覚えつつ、待降節を歩み始めましょう。

愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた、互いに愛し合うべきです。          ヨハネの手紙第一4章11節
                                   (吉持日輪生)