時代は変わる2021年07月25日

サムエルは死んだ。全イスラエルは集まって、彼のために悼み悲しみ、ラマにある彼の家に葬った。ダビデは立ってパランの荒野に下って行った。
                        サムエル記第一 25章1節

十日ほどたって、主はナバルを打たれ、彼は死んだ。 
                        サムエル記第一 25章38節

 サムエル記第一25章には、上記にある通りふたりの死が記されています。ひとりは、預言者サムエル。もう一人は、ナバルです。
 預言者サムエルは、この個所が「サムエル記」に記されている通り、この書物の中心人物であり、この時代の中心人物であったにも関わらず、その死については、とてもあっさりと記されています。一方のナバルについては、死までの経緯も含めて詳細に記されています。
 この記述の違いについて思い巡らす中で、思い返されるのがサムエル記第一8章のことがらです。

しかし民は拒んで、サムエルの言うことを聞こうとしなかった。そして言った。「いや。どうしても、私たちの上には王が必要です。そうすれば私たちもまた、ほかのすべての国民のようになり、王が私たちをさばき、私たちの先に立って出陣し、私たちの戦いを戦ってくれるでしょう。」サムエルは、民のすべてのことばを聞いて、それを主の耳に入れた。          
                      サムエル記第一 8章19~21節

 ここに記されている通り、イスラエルの民は、士師記の時代から続いてきた「さばきつかさ」による支配にかわって、王を求めています。そして今回のサムエル記第一25章では、サムエルの死が、静かに記され、ダビデ王の活動が詳細に記されていきます。まさに、イスラエルの国が、しっかりとした王政に移行したことを示しているのでしょう。
 私たちも、新型コロナウイルスを通して、神さまが、時々になされる時代の変化を感じています。新しい時代の新しい宣教方法についても、祈りつつ考え、また神さまに教えていただき、しっかりと身に着け、実践していきましょう。(吉持日輪生)

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